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融けるデザイン ハード×ソフト×ネット時代の新たな設計論

Amazon.co.jp: 融けるデザイン ハード×ソフト×ネット時代の新たな設計論 電子書籍: 渡邊 恵太: Kindleストア

動きの連動によって自己への帰属感が立ち上がってくる。つまり、私たちは普段カーソルを意識しないで対象を意識しているというカーソルの「透明性」の正体は、「動きの連動」がもたらした自己感、自己帰属の結果であったと言えるのではないだろうか。

カーソルは自己の身体の延長だ。カーソルを通じてコンピュータの中に没入する。ボタン、ウィンドウの手触りをそこから感じる。滑らかなカーソルは自らの手足のような万能感をもたらす。引っかかりのあるカーソルは神経に乗ったノイズだ。延長された身体の解像度が下がり、その先にある手触りが失われる。

ここではデザインの語が設計の意味で使われる。色や形の調整にとどまらない広義のデザイン。インターフェースとは身体との界面だが、それは必ずしも物理的な身体に沿うものではない。固定された形を持たず、動的で時間とともにうつろうものであるという。つまりインターフェースは融けている。

これからは、拘束しないこと、つまり非拘束性を踏まえてコンテンツやメディアを設計する必要がある。たとえばスマートフォン上のゲームや任天堂DSといったモバイル環境のゲーム機器には、いつでもやめられる中断の仕組みが取り入れられている。これは、文脈が生活中心であるため、いつでもどこでもやりたいと思うからこそ、逆説的だが「いつでもやめられる」という仕組みを重要視した結果である。

あるインターフェースが利用者の意識を独占できるという前提は失われつつあり、人の集中力、意識、可処分時間を他のインターフェースといかに上手に分け合うかが問われている。ここではインターフェースは従であって環境に溶け込んでおり利用者のリソースを過度に奪わない「配慮」が求められている。これは利便性でもあって、達成されると利用への敷居が下がり結果として優先的に使われる可能性が高まる。