リモートワークと物理的に集まること

リモートワークの誤解を解く「リモートワークは孤独感を生む」は本当か? | Social Change!

二つの立場

  • (リモートは)雑談できなくて辛い
  • (リモートでも)ツールによって雑談が実現されているから辛くない

物理的に集まることの利点

  • コミュニケーションがシームレス
  • ずっとコミュニケートしている状態

リモートの利点

  • コミュニケーションがデジタルとして残される
  • アナログなフローがデジタルで可視化される

もしチームで働いていて孤独を感じるときがあるとしたら、それはきっとリモートワークのせいだけではありません。
リモートワークの誤解を解く「リモートワークは孤独感を生む」は本当か? | Social Change!

リモートワークの賛否は上記の立場の違いによって差が出ているのかもしれない。 そもそも雑談がないような物理的な職場ならリモートワークでも大差ない環境がすぐに作れるだろう。隣り合って座っていてもチャットしかしないとか、すべてのやり取りをメールで済ませるとか、そういう環境ならリモートワークと親和性が高い気がする。(しかしそういった雑談の生まれない環境をそのままにしてリモートワークへ移行することには疑問がある)

一方雑談が盛んな物理的な環境であれば、フィジカルなコミュニケーションがたくさん生まれている状況であって、これをそのままリモートで再現することは難しいと考えるのも自然だ。対面で話すとか一緒に食事をするとか軽く体を動かして汗を流すとか、そういった行為によってチームワークを形成していくような職場は、リモートで同じことができないことに不満を感じるかもしれない。

テレイグジステンスの技術が進歩していくとしても、「ふれあい」をどのように職場の中に持ち込むのかというのは課題かもしれない。すべてのコミュニケーションが機械可読な形になると信じるのは若干ナイーブな気もする。コミュニケーションの情報量というのはもっと豊かなものだと思う。

つまり「熱量」のようなものが一定以上必要なミッションがある場合、そこには物理的な場所が必要なのだと思う。もっとクールな環境でビジネスを回していくような局面であれば、リモートも適切にワークしていくのかもしれない。だからリモートワークそれ自体がどのような場面でも有効というわけではなく、やっている仕事の熱量に応じた適否があるということなのだと思う。