「図書館法」が守ろうとしているもの

再度、西崎恵の『図書館法』より。

最近では図書館法は挑戦される対象、打ち破られる対象と考える人もいるようで、そんな中、当時どのような背景でこの法律が作られたか、担当者の考えに触れることは大切だと思う。

以下の言葉は昭和25年5月5日に記されたものだが、60余年を経たとは思えない内容だ。

図書館法について

 教育は本来、国民の生活全般の基調を形成する非常に広いものであるにもかかわらず、狭義の学校教育のみが大きくとりあげられて、学校以外の社会において行われる、いわゆる社会教育がややもすると国民の関心の外にあったことは、何と言っても残念なことである。

 終戦後の、今日の問題として、強くその振興が要求されるのは、広い社会において色々な形と方法で展開される、すべての国民の間で行われる社会教育である。

 このような社会教育振興の気運は、さきに第五国会で制定された社会教育法によって、大きな拍車がかけられ、今日多くの人によって関心を持たれるようになってきたが、社会教育に関する施設として、相当古い沿革を持つ図書館の問題が真剣に検討されるようになってきたことも当然であろう。

 従来のわが国の社会教育が幾多の欠陥をもっていたことが、強く批判されているが、今考えたような、社会教育そのものに対する国民の理解と関心が薄かったこともその一因であろう。しかし社会教育不振の原因を、社会教育の外にでなく、その中に求めることも大事であって、このように社会教育の中にその不振であった理由を求めると、まず考えられるのは、社会教育が行われる場合の中心となる施設が極めて貧弱であったことである。社会教育が行われる場合には、施設がなくても、或程度行い得るであろうが、施設を持たない社会教育の活動は、ややもすると一時的な線香花火のようなものに終って、本当に大きな成果を期待することが困難なのである。

西崎恵『図書館法』日本図書館協会, 1970年, p.16